ラップ詞を翻訳してみる ~日本語と英語の違い~

翻訳・ことば

はじめに

以前担当したゲーム翻訳の中で、ラップ詞がありました。

十数行の翻訳に数日をかけて、英語で韻を踏んでいるところは日本語でも韻を踏める言葉を探し、苦し紛れに日本語のラップ詞を書き終えました。

私はいつも、友人に「翻訳の何がそんなに楽しいん?」と聞かれると、「この英語って意味はわかるけど、日本語でなんていうんやったっけな…て考えて、これだ!っていう言葉に出会えたときの快感。」と答えます。

ラップ詞の翻訳をするときには、意味を踏まえた上で音も考慮して適切な言葉を探すことになるので、普段の翻訳と違った快感がありました(変態的…)。

もちろん難易度が高いので、しっくりくる訳に出会えないままの文もありました…悔しいです。

そういう話をしていて、PTCでもラップ詞を翻訳してみよう!ということになりました。

まずは私たちがラップ詞の翻訳をしてみた感想やそれぞれの訳の特徴をお伝えし、その後ラップ詞の翻訳を通して感じた英語と日本語の違いを少し考えてみます。

楽しんでいただければ幸いです。

ラップ詞、訳してみる?

早速ですが、私たちが翻訳してみたラップ詞を見てみたいと思います。

Sing! / Ed Sheeran より歌詞を拝借しています。

※1:37あたりから。

二人それぞれが翻訳にあたって持っていたモチベーションを先にお伝えしてしまうと、Yuki は「韻を踏むこと」の原則から調べ、「踏むこと」を楽しむためのラップ詞を作っています。
それに対しRina は主に語尾に注目して韻を踏みつつ簡潔に、またEd Sheeranのかっこいいイメージを崩さないことも大きな目的として掲げました。

まず、原文から見てみましょう。

冒頭からblaze、stage、brigate、days、sayと「eɪ」の発音で韻が踏まれています。

Rina訳

Rinaの訳では全ての行で「ai」の音を含む単語を入れてみました。

画像には載せていませんが、最初私は歌詞の意味を理解するために粗訳を作っていました。粗訳から韻を踏んだ訳に変えていくときに一番多かったのは、体言止めに変更することでした。

例えば二行目、何も意識せず訳すと、日本語の文は基本的にSOV(主語、目的語、動詞)の順番で紡がれるので「舞台のそばできれいな火を(目的語)みた(動詞)」となります。でも、「な火」の韻を最後に持ってきたかったので語順を入れ替えています。

3行目も同様、普段使っている日本語の文法感覚的には「数日で消防隊が来る」と綴りたかったのですが、「消防隊」の「ai」の音を最後に持ってくるために語順を入れ替えました。

文末に来るのが動詞だと「う」行(原形)や「あ」行(過去形)で終わることが多いため、韻の踏み方が限られてしまい、名詞を最後に持ってきたくなるのかもしれません。

Yuki訳

Yukiの訳では冒頭2行、「euooo」の音で韻が踏まれています。さらに、2行目、3行目と「uai」の音でも韻を踏んだ後に最後「uai」と一部重複する「ai」を含めた単語で終わっています。

また、最後2行の語尾を「し」にすることでも韻を踏んでいます。私みたいな素人は「韻を踏む」と言われるとつい母音で踏むことを考えてしまいますが、同じ子音を繰り返したり、単語の最初や最後の音を合わせたりと、韻を踏むには様々な方法があるようです。

プロセスに着目してみると、韻を踏むことに情熱をかけたYukiは、一度韻を踏みたい箇所をローマ字表記したそうです。

Yukiのメモ

ローマ字表記を眺めながら母音、子音それぞれを眺め、韻を踏める単語を探していったと…。全体で見るとRinaよりも圧倒的に韻を踏んだ箇所が多かったです。こんな地道な努力が反映されていたのですね。

他に二人ともが使った方法は、類義語検索、画像検索、韻を踏むサイトでの検索でした。

英語は日本語に比べてラップを刻みやすい?

ここで少しだけ、ラップ詞に絡めて日本語と英語の違いを考えてみたいと思います。

英語だと、日本語に比べてラップ詞が書きやすいこと、ラップがかっこよく聞こえることはよく耳にします。理由はたくさんありますが、本記事ではその中でも私が翻訳をしているときに実感した点を1つだけご紹介したいと思います。

開音節 vs 閉音節

言語学の分野で開音節、閉音節という音節の種類が定義されています。

子音で終わる音節を閉音節(Closed Syllable)母音で終わる音節を開音節(Open Syllable)と呼ぶようです。具体的に見てみましょう。

英語には子音で終わる単語がたくさん存在します。

keep (/kiːp/)、deep (/diːp/)、sleep (/sliːp/)…と言った具合です。これが閉音節です。

日本語の単語だと、りんご(ringo)、ごりら(gorira)、ラッパ(rappa)…と、最後は必ず母音になっています。これが開音節です。

上記の英単語でも、日本語っぽく、つまり日本語に存在する音でこれらを発音しようとするとキープ( /kiːpu/ )、ディープ(/diːpu/ )、スリープ( /sliːpu/ )と最後が母音になります。日本語は開音節の言語なのですね。

ただし、日本語にも例外的に開音節があります。「ん」と、促音「っ」で終わる音節です。

つまり、日本語の単語の終わり方は、5つの母音(a、i、u、e、o)か「ん」「っ」の7通りしかありません。先ほどの例でも私たちの訳例は全て文末が母音になっています( 「ai」 や「uai」など)。

それに対し英語ではアルファベットの分だけパターンがありますね。

素人だからということもあるかもしれませんが、韻を踏む言葉を探しているときには主に語尾に着目していました。

英語の語尾には様々なパターンがあります。日本語訳側でも英語と同じ部分で踏みたいと思ったとき、とっさに「そんな簡単に踏めないよ!」と感じてしまいました。

開音節と閉音節という言語の特徴が、ラップ詞の翻訳しにくさに多少は影響しているのかもしれません。

語尾で踏むことにとらわれずもう少し頭を柔らかくして、日本語で韻を踏むことについて深堀りする余地がありそうです。

まとめ

今回は、ラップ詞の翻訳を行ってみて、英語と日本語の違いについて考えてみました。

韻を踏むこと自体が初心者の私たちには難しく、同時に楽しい作業でもありましたが、やっぱりラップ詞の「翻訳」をする際に立ちはだかる特有の壁があるように感じます。

今回はこの程度しか言語化できませんでしたが、またいつか翻訳中にラップ詞に出会ったらもっと色々と考えてみたいと思います。

感想

翻訳といえば「ある言葉の意味を別の言語で表現すること」というイメージが強いですが、意味だけでなく音の響きやリズムなど、意味以外の要素が大切になる言葉の連なりの良し悪しはやっぱり芸術センスみたいなところに依存してくる部分があると感じました。「こ、これでいいのか…?」の連続で、楽しいながらも常にモヤっとしていました。

経験を積めば、もしくはこれだけは誰にも負けないほど好き!という作品の翻訳であれば、「これだぁ!」と言える訳し方ができるのでしょうか。

自分が翻訳させてもらえる作品には自分以上に詳しく知っている人がいない!と言い切れるほど、作品と親しくなりたいものです。

最後は余談になってしまいましたが、まだまだ伸びしろしかない翻訳の道、楽しいです。今後も二人でワイワイと、翻訳の色々について語り合っていきたいと思います。

一緒に語り合ってくれる方、何か経験を教えてくださる方など常時募集中です。

楽しんでいただけた方はぜひ他の記事も読んでみてください~。

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