翻訳の修正過程を言語化 ―下訳から字幕へ―

翻訳・ことば

ここ数ヶ月で、ふたりで字幕翻訳に挑戦した際の技術的な面についてご紹介してきました。本記事では、今回の活動のメインである実際の翻訳部分について共有してみたいと思います。

字幕翻訳が他の分野と一線を画している大きな要素は、やはり文字だけでなく映像の情報もあること、そして視聴者が映像の流れに沿って内容をスムーズに理解できるよう、文字数制限が設けられていることではないでしょうか。

この大きな違いによって、字幕翻訳特有の作業や、特有の頭の使い方をすることがあると思います。

私たちもまだまだ訓練中の身ですが、字幕翻訳という行為が一体どんなものなのか、勉強中のみなさんと少しでも共有できればうれしいです(`・ω・´)

翻訳の準備段階や使用したツールについては他の記事でも色々とご紹介しています。ぜひ読んでみてください。

Ⅰ 勢いよく下訳を作る

まずは下訳を作るところから始めました。

ここで紹介するのは『おさるのジョージ』の動画です。題材が子ども向けアニメということもあり、英語はかなり簡単でした。
字幕を付けた動画は公開できませんが、元動画を見て記事の内容をしっかり理解したい方はこちらからどうぞ!0:00~5:00に収録されているお話です。

英語の理解に苦しむ部分はなく、大体30分程度で、勢いに任せて直訳交じりの下訳を作りました。

下記のような感じです。左側が翻訳したテキスト、右側が原文です。

文字数のことはほぼ考えずに、とりあえず意味を維持しつつ、日本語としておかしくない文になるよう意識しました。それ以外はあまり深く考えずに日本語を打ち込んでいきました。

映画の日本語字幕では「1秒につき4文字まで、1行につき13文字まで、1枚の字幕(ハコ)につき2行まで」という制限が一般的に浸透しています。今回の字幕練習プロジェクトでもこのルールを破らないように訳文を仕上げました。

Ⅱ 文字数制限に収まるよう調整

ここが、字幕翻訳の醍醐味であり、一番楽しいところであり、また腕の見せ所ですよね!

私は文字数が超過してしまっていた部分を、以下の4点において調整していきました。

  1. 要らない情報を捨てる
  2. 文字数の少ない表現に置き換える
  3. 次の字幕とくっつける(merge する)
  4. その字幕の表示時間を延ばす

1から順にご紹介していきます。4つめはただ表示時間を伸ばす作業なので、説明は割愛します。

1. 要らない情報を捨てる

字幕の文字数を少なくすると聞くと、まず思い浮かぶのがこの方法なのではないでしょうか。

詳しく見ていきましょう。

『おさるのジョージ』の動画冒頭で、ピスゲッティさんというおじさまが畑に種を植えて、「Well, all planted.」と言うシーンがあります。下訳を作成している際、「Well」も含めて意味の抜けがないよう「よし、全部植えられた」と訳出したところ、1秒あたりの文字数が7文字を超えていました。

そこで、この字幕を1秒4文字に収めるため、以下のように修正しました。

原文Well, all planted.
下訳よし、全部植えられた
修正後これでよし

字幕翻訳の場合は書籍や文書の翻訳と違って、映像や元の音声ありきの翻訳になりますね。

PTC-字幕翻訳の特性

文字での説明になってしまいますが、動画内でピスゲッティさんは畑にいて、一面の土を見渡してこのセリフを言っています。そのためわざわざ「植える」という情報を文字にしなくても良いと考え、ここでは「これでよし」と5文字の字幕にしました。

字幕翻訳では文学作品などの翻訳と違い、話された言葉を書き言葉に翻訳します。例えば映画の字幕であれば、そもそも原作に映像、音声、字幕などと複数の「メディア」が共存しますね。このことについて、翻訳学では「マルチモーダル(multi-modal)」という言葉を用いて語られます。興味がある方は調べてみてください。

2. 文字数の少ない表現に置き換える

これも聞いたらすぐに想像のつく作業ではないでしょうか。

例えばこんな感じです。こちらもピスゲッティおじさんのセリフです。

原文You know, as long as I have my fresh veggies,
I won’t have to close down.
下訳ほら、新鮮な野菜が手に入ったから
店は閉めなくていいんだ
修正後新鮮な野菜があれば
閉店しなくてすむ

「手に入ったから」を「あれば」と置き換え、「店を閉める」を「閉店」とすることで文字数を縮めることができました。この方法で文字数を削っていく時は、制限内で伝えたいメッセージを抜け漏れなく伝えられる表現を探す、パズルを解いているような気分です。

他には、「アインシュタイン、ピザ」と男性の名前を呼び掛けている部分を「ふたりとも」とまとめて呼ばせてみたりもしました。

3. 次の字幕とくっつける(merge する)

今回は字幕翻訳特有のプロセスに着目したかったため、下訳を作る時点では、英語を文字起こしした時のなんとなくの感覚で一行に対して同じく一行の翻訳を入れていきました。

下訳から「字幕」へと修正していく過程で、次の字幕とくっつける(統合する)だけで、文字数に大きく余裕が生まれることがあったので、ここではその例をご紹介します。

ここで紹介する例はこちらのパディントンの動画の字幕です。

実際の字幕翻訳案件で行われる、どのセリフを一枚の字幕に入れるか、またその字幕の表示タイミングを決定していく作業は「ハコ書きとスポッティング」と呼ばれます。気になった方は調べてみてください。

例えばこの2つの原文。

原文

I’m having such a wonderful time living with the Browns. There’s been so many happy moments I don’t want to forget anything.

パディントンが一人で語る冒頭部分、2枚の字幕です。

この2文をそのまま2枚の字幕で訳すと、例えば次のようになります。

下訳例
原文下訳
I’m having such a wonderful time
living with the Browns.
ブラウン家での暮らしは
本当に楽しくて
There’s been so many happy moments
I don’t want to forget anything.
欠片も忘れたくないなって思う
幸せな瞬間がたくさんあります

でもこれだと、1枚目は1秒につき7.14文字、2枚目は10.10文字と、両方のハコで文字数制限を超過してしまいました。

そこで、この2枚の字幕を1枚にまとめ、原文の意味も1文にまとめてみました。

訳例

原文下訳修正後
I’m having such a wonderful time
living with the Browns.
ブラウン家での暮らしは
本当に楽しくて
ブラウン家での暮らしは
忘れたくないほど楽しいです
There’s been so many happy moments
I don’t want to forget anything.
欠片も忘れたくないなって思う
幸せな瞬間がたくさんあります

これで、1秒につき3.99文字となり、文字数を制限内におさめることができました。

まず、字幕が2枚だった時に、その2枚の間にあった約0.4秒の間も、字幕を1枚にまとめることで活用できます。

2枚の字幕

さらに、2行に分かれていた字幕を1つにまとめることで、各行にあった情報(意味の要素)を入れ替えたりしながら、ぎゅっとまとめた表現ができました。

色々な要素を無視して、ざっくりと概念だけ捉えると、私の頭の中はこんな感じです。

概念マップ

今回は原文の文字起こしをしたのも自分たちなのですが、2枚の字幕を1枚に統合することが選択肢として存在することで、原文の行や文の区切りにとらわれずに、意味がより伝わる表現を模索することできたように感じました。

おわりに

本記事では「下訳」を「字幕」に変えていく作業を見てきました。

主な作業としては、文字にしなくても映像や声から伝わりそうな情報を思い切って削ってしまうことが多かったように思います。でも、もしかしたらこれは私が字幕翻訳練習中の身だからであって、プロの字幕翻訳者のみなさんはもっと凄まじい表現力で的確に過不足なく情報を伝える字幕を作っていらっしゃるのかもしれませんね。

字幕の世界は奥深いです。文字数制限内に収まる言葉を探すパズルのような作業も、語彙力表現力がもっとあれば、はたまた作品についての深い知識があれば、さらに「字幕的な」頭の使い方に慣れれば、もっともっと楽しめるのでしょうね。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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