目的によって変わる翻訳

翻訳のあれこれ

こんにちは!今回は、目的をどう設定するかによって訳出がまったく変わってくる、というお話をします。

スコポス理論とは

いきなり理論!?と思われるかもしれませんが、翻訳学では基礎的ともいえる概念です。簡単に説明します。ご存知の方は読み飛ばしてください!

スコポス理論は、1970年代に ハンス・ヨーゼフ・フェアメーア というドイツ人言語学者が提唱した理論です。『スコポス』とはギリシャ語で『目的(=purpose)』という意味です。

かなりシンプルにいうと、スコポス理論というのは、「目的によって翻訳って変わるよね」という話です。

例えば、ある英語の論文を日本語に翻訳するとします。「内容が大体わかればいいから訳してほしい」って頼まれた場合と、「後日これの日本語版を出版するので翻訳してほしい」って頼まれた場合ではかなり訳出が変わってくると思いませんか?

前者ではきっと原文よりも短いものになるでしょう。文体も、あまりフォーマルにしなくても良いかもしれません。後者では一言一句、注釈のところまで訳すことが求められるかもしれないし、”論文っぽい”言葉遣いで書くべきでしょう。

目的によって、全然違う訳があり得るという考えを翻訳学に導入したのが、 ハンス・ヨーゼフ・フェアメーア のスコポス理論です。

この記事では、今ご紹介したような目的によって変わる訳出を、Black Beauty (2000)の私たちふたりの翻訳を使って、比較していきたいと思います。

ふたりの自由な目的設定

では、私たちはどんな目的を持って訳しているのでしょうか。

事前に話し合わず翻訳をし始めたので、それぞれが自分なりの目的設定をしていました(笑)

Yuki: 「Penguin Readers の Level 2 やし、英語学習者がこの原著を読むときに参考として使ってほしい
→表現方法: 英語の構文が少しわかるような文構造や、カタカナ語を使ってみる、など。

Rina(筆者): 「日本語しか読まない人にもBlack Beauty の話を知ってもらいたい。日本人が、あまり翻訳物だと気づかずに読み終われるような自然な訳文にしたい
→表現方法: 語りかけるような口調を取り入れる、原文の文の区切り方にこだわらない、など。

「原文が透けるような訳」と「翻訳であることに読者が気づかないような訳」の概念は、House (2015)でovert-translation(顕在化翻訳) / covert-translation(潜在化翻訳)と称し詳しく説明されているようです。 Munday, J. (2013) Introducing Translation Studies のChp.6 Discourse and Register analysis approaches pp. 141-168 で紹介されています。日本語版もあります。

例から考える

では、例とともに考えてみます!

  • 原文: The saddle wasn’t as bad as the bit. Horses have to learn to have a saddle, and to carry a man, woman, or child on their backs. They have to walk, or to go a little faster. Or to go very fast.
  • Yuki: 鞍は、はみほどひどくなかった。馬が学ばないといけないことは、鞍をつけること、男の人、女の人、子どもを背中に乗せて運ぶことである。普通に歩いたり、少し早めに歩いたりをしなくてはならない。それに、すごく早く進まないといけない時もある。
  • Rina: 鞍(くら)はくつわほど悪くはなかった。馬はどうやって鞍を背負うか学ぶらしい。男の人、女の人、子どもを乗せるためにね。それからゆっくりと歩いて、少し速く歩いて、走ったりもするらしい。

こう並べてみると、全体的にYukiの訳の方が「堅い」感じがしませんか?語尾に注目すると、「~である」「~ならない」など。それに対しRinaの訳の語尾は「~ためにね」「~らしい」などど、くだけた語り口調であるといえるでしょう。

また、Yukiの目的にあった「原文が少しわかるような日本語」というところですが、日本人は“have to ~”を習う時「~しなければならない」と覚えますよね。学習者にとってこの訳はわかりやすいともいえるでしょう。

あとは、Rinaの翻訳では、”bit”は「はみ、くつわ」どちらでも意味は変わらないそうなのですが、「さるぐつわ」などという言葉があるように、「くつわ」の方がなじみがあるんじゃないかと考えて採用しました。

語り手の視点にも少し違いがあります。原文でも私たちの訳でも、ずっと馬が語っているところは変わらないのですが、Yukiの翻訳では一貫して「である」「ある」「あった」など、原文の通り事実を淡々と述べています。それに対し、Rinaの翻訳では「~らしい」という語尾になっており、誰かから聞いた話を語っているような表現を用いることで、馬目線の語りであることが強調されています。

これはすべてYukiは原文に忠実でわかりやすい訳を、Rinaは読者がアクセスしやすい、物語に入り込みやすい訳を目指した結果でしょう。

まとめ

目的によって、翻訳は何通りでもあり得るということを、例とともに紹介してみました。

と言っても、翻訳を仕事として行う場合は依頼主の方から目的の伝達や、それに則った指示があったりすると思うので、私たちがこんなに自由に翻訳できているのはただの練習だからです。

ですが、翻訳のお仕事をいただく際に指示をいただけるにしろ、「目的をしっかり理解していないとニーズに沿った翻訳はできない」という点で、スコポス理論は翻訳翻訳をする人にとって、たいへん重要な概念だと思います。翻訳のお仕事を依頼する側にたいしても、「翻訳は目的がはっきりしていないと描いておられるものを出せませんよ」ということを、この概念をもってはっきりと提示できるでしょう。

なんだか偉そうなことを言ってしまいましたが、ご意見ご感想などあればお気軽にご連絡ください!

Black Beauty (2000)の2通りの翻訳も、終わり次第フルバージョンをアップします。
「Who moved my cheese?」(1998)の2通りの翻訳はアップされていますのでぜひ見て行ってください☆彡

参考文献:
Munday, J. (2013). Chp.6 Discourse and Register analysis approaches.  Introducing translation studies: Theories and applications. London and NY: Routledge. pp.141-168.
House, J. (2015). Translation Quality Assessment: Past and Present. London and NY: Routledge.

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