翻訳学 「多元システム理論」って?

翻訳・ことば

PTCのふたりが修士課程を修了してから2年が経ちました。

学術の世界から離れて、論文を読む速度も理論の理解力もグッと落ちたことを実感しています。

そこで、学生時代に苦手だった理論を、改めて丁寧に読み解いてみようという話になりました。

今回扱うのは『翻訳学入門』(ジェレミー・マンデイ著・鳥飼久美子監訳)の第7章で紹介されている、多元システム理論(Polysystem Theory)です。まずは理論の概要をさらって、その後私たちが話し合った内容をご紹介したいと思います。

これは私たちの議論の記録なので、多元システム理論をしっかりと学びたい人はこの記事をきっかけとして各書をご自身で読んでみてください。一緒に議論してくださる方、ご意見を共有してくださる方はX(旧Twitter)などからぜひお声がけください(*’ω’*)

システム理論の概要

まず、システム理論とはいったい何なのか、すごくざっくり捉えてみると、翻訳を派生的な文学としてではなく、文化の社会的・文学的・歴史的な、つまり大きい枠組みの中で見てみよう、という考え方だそうです。この考え方は1970年代にイスラエルの研究者イーヴン=ゾウハーが提唱しました。ゾウハーは翻訳文学が一つの「システム」として機能すると言います。またこの「システム」は多元的であり、各階層が互いに作用するとも述べられています。

その「翻訳文学」というシステムの社会的な位置づけは時の流れの中で変動します。つまり、一つの社会の中で、例えば叙事詩が重要視される時代もあれば、小説が大きな地位を占める時代もあり、はたまた翻訳された文芸作品が重要な地位を占める時代もあり得るということです。

ゾウハーは、翻訳文学が社会において主要な位置を占める場合の代表的なケースとして、“文学が「周辺的」であるか「弱く」、欠けている文学タイプを輸入するとき”を挙げています。文化が発展している最中の国では、翻訳を通して、より発展している国の文化を輸入します。このような場合は翻訳がその国の文化において重要な地位を占めることになるのです。

ゾウハーはこうした「システム」間の関係を包括し、その概念に「多元システム」という新しい名をつけました。

この理論の理解に苦しんだ理由って何だったんだろう?

冒頭にも書きましたが、PTCのふたりはこの理論に苦手意識がありました。理解できたようで、できていないような気がするのです。

話し合いの中で、この理論の重要なポイントは概念を流動的なものとして捉えたところにあると考えました。流動的である――つまり断定されないということにより、私たちからすると、概念自体が抽象的に感じられ、解釈が難しかったのではないかと思いました。言い換えると、「これがこうだからこう」という断言できる具体例を考えられないために、理論の枠を捉えられないような感覚があったのです。(後に、理解に苦しんだ別の理由として、私たちに文学自体への知識がないことと文学の歴史に明るくないことも大きいね、という話になりました。歴史ってものごとを理解するための思考の基盤として、とっても大切ですね…)

話し合いの中で日本の文化を例に挙げて考えを巡らせることで、イーヴン=ゾウハーの提唱した理論の輪郭が多少見えてきた気がしました。

発言内容にソースもなく取るに足らない雑談ですが、こんな感じでした。

例えば日本語の「畳」はさ、昔は「Japanese floor mat」とか訳されてたはずやんな?
それが今では日本の文化が昔に比べて広く知れ渡ってたり、日本にあこがれを抱く外国人の人も増えたりしたおかげか、「Tatami」ってそのまま訳すことも「Tatami (Japanese traditional floor mat)」って訳すこともあるよな。つまり、「たたみ」っていう言葉を実際に外国人にも感じてもらえるような形の訳出方法も一つの選択肢になったような感じがする。

うんうん。そうやな。

理論の構造を単語レベルで例えるとそうかも。でもイーヴン=ゾウハーが話してるのは「文学」っていうはるかに巨大な枠組み…

う~ん、やっぱり難しい…

でも、うん、構造的にはそういうことなのかも。ある文化と別の文化のバランスによって、文学形態の地位、言い換えると「重要性」が変動するよって。時代によって変わるんだよーって。

うちらが今挙げた例は語彙の翻訳っていうかなり小さな規模の話やったけど。

このように、小さな単位の例を基に理論の構造をなんとなく把握しました。また、多元システム理論は細かい実務に言及するものではなく、もっと大きな視点で、根幹にかかわる考え方を提唱した理論なのだという理解をしました。

また、『翻訳学入門』ではイーヴン=ゾウハーの理論の強みに言及し、「1960年代と1970年代に等価概念を巡って始まっていた言語学的議論の繰り返しからの脱出口を翻訳理論に与えるものである」 (Munday, 2016 鳥飼監訳 2018 p.170)と述べられています。このことから、翻訳学の歴史の流れとして「流動性」を取り入れたのは大きなパラダイムシフトだったんだ、という解釈にも至りました。

翻訳という枠組みにさえ捉われないイーヴン=ゾウハーの考え方は、抽象性や客観性の程度への疑問など、様々に異論は唱えられたものの、翻訳研究への影響は大きかったようです。

自分たちの生活について考えてみる

学生の時に比べるとかなり理論の解像度が上がったところで、最後に自分たちの生活にこの考え方を当てはめて考えてみることにしました。理論に当てはめるというよりかは、この理論のフィルターを通して自分たちの仕事を見てみる、と言った方が正しいのかもしれません。

ゲームの世界の多元システム

イーヴン=ゾウハーは翻訳を文学という文脈において見ました。

筆者はゲーム翻訳をしているので、ゲームという文脈において「翻訳」を見てみたいと思いました。今回は、便宜的に「AAAタイトル(*)」「インディーゲーム」「(それぞれの)翻訳版」をそれぞれ独立したシステムとして考えてみようと思います(ゲームジャンルを各システムと仮定してみたかったですが、筆者の知識では興味深い考察を得るに至らないと思ったので今は諦めます)

* AAAタイトル(トリプルエータイトル)

明確な定義はないようですが、主に大手パブリッシャーが販促・流通を行う大ヒットゲーム、また大ヒットしそうなゲームを指す時に使われる言葉です。

現代のゲーム翻訳において、例えば大手ゲーム会社のAAAタイトルの場合、翻訳版も原版と同時に発売されることが多いです。そう考えると、プレイヤーからするとどちらも平等にアクセス可能という意味で、そのゲームと翻訳版の社会的地位はほぼ同等と言うことができそうです。そもそも初めから色々な言語に切り替えられる設定が備わっているゲームを、原版と翻訳版を分けて考えることに少し違和感がある気もします。

一方で、数人のチームで開発しているようなインディーゲームの世界では、「有志翻訳」と呼ばれる文化があります。あるインディーゲームに惚れ込んだ多言語話者の日本人ゲーマーが、「これはぜひ日本語でしかプレイできないゲーマーにもプレイしてもらいたい!」と熱意を抱き、開発者に連絡を取って日本語化にいそしむようなことがあるそうです。人としての「生きがい」というか燃える魂のようなものをひしひしと感じる文化ですよね。

有志翻訳の背景には元のゲームの開発者と、日本語化に取り組もうと決意をした多言語に明るいゲーマーがいます。そして、ある人が惚れ込むような作品の場合、同じくらいの熱量を持って日本語化を心待ちにしているモノリンガルのゲーマーもいることが想像できます。日本語化の裏側に、原版への強い愛と敬意があると言えるでしょう。

この有志翻訳のような場合は、「原版があまりにも素晴らしい」「原版ありきの翻訳という行為そのもの」という点で、原版の方が社会的な地位が高いということができるのかもしれません。

AAAゲームの場合は原版と翻訳版の地位がほぼ平等と言えそうだと考えましたが、例えばカーレースゲームはある特定の国でとても人気がある!など、ゲーム内容に起因する文化的な差異はありそうですよね。

半導体の世界の原語と訳語

Yukiは現在半導体業界で通訳の仕事をしているので、半導体業界における元の言葉と通訳された言葉について考えてみました。

まず、Yukiが通訳をする際に扱う言葉は、概して表現豊かなものではないとのことでした。学術的な表現が多く、専門用語は音訳で輸入されることが多いようです。つまり、「IC chip」は「アイシー・チップ」だし、「cost」は「コスト」だということです。話し合いの最中、Yukiは「チップをデリバリーするコストが…とか言ってんなぁ」と笑っていました。

通訳された言葉はある程度「平坦」になっていると言われることがあります。元の話者がよく遠まわしな表現をする人であっても、どれだけ「Hmm…」を連呼する人でも、通訳者を通せばある程度標準化された言葉になっていることは想像しやすいと思います。Yukiいわく、半導体業界においてはその「通訳語」こそが適切な場合が多いのだそうです。なぜならそれが一番理解しやすく、先に書いた「チップ」などを始めとする専門用語の場合は、そのカタカナ言葉が今後そのまま日本語でも使われていくから、とのことです。

ここまで話してみて、やはり半導体業界においては製造元の文化の方が強くて、その影響が訳語にも出るんだね、という結論に至りました。そしてこの構造は、時代によって変動することは今のところなさそうです。

おわりに

難しい理論を扱いましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。思考と話し合いの記録、いかがでしたでしょうか。

自分たち的には、一日の大半を費やして没頭している営為をぐわっと視点を広げて外側からみてみるという、難しくも刺激的な体験でした。

概念そのものの理解が深まるような記事ではなかったかもしれませんが、少なくとも、翻訳学に大きな影響をもたらした学者の理論というフィルターを通して、色々と考えを巡らせることの楽しさが伝わっていれば嬉しいです。

参考文献

Munday, J. (2016). “Chapter 7 Systems Theories”. Introducing translation studies: Theories and applications (4th ed.). pp. 169-196. Routledge. (マンディ, J. 鳥飼玖美子監訳(2018). 『第7章 システム理論』pp. 166-194. 翻訳学入門【新装版】. みすず書房.)

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