あなたの一人称は? 性格が出てるとか。

翻訳のあれこれ

あなたの一人称は? 性格が出ているとか。

翻訳になんとなく興味があるよー。という方は、ぜひ読んでみてください。翻訳に詳しいという方には当たり前のことだと思いますので、おすすめしません。悪しからず!

さっそくですが、みなさん、自分のことはなんと呼びますか?「わたし」?「あたし」?
ドラえもんを思い出してください。ジャイアンとのび太はどんなことを言いますか?

ジャイアンと言えば、
「俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの!」

のび太は、
「もー、やだよ〜。ドラえも〜ん、僕できないよ〜。」

ここで注目するのは、「何を」言っているかではありません。「どう」言っているかです。

ジャイアンは自分のことを「俺」と呼びます。のび太は「俺」とは言いません。「僕」じゃないとダメなんです。
もし、のび太が「俺」と言っていたら?
おそらく、今みなさんの中で想像しているちょっと気弱だけど、優しいのび太ではなかったはずです。性格が変わっちゃうんです。実は、このように、みなさんのアイデンティティも一人称に表れているようです。
特に、日本語には一人称の種類がかなり豊富です。どれを選ぶかは、翻訳をする上での基礎であり重要なものなのです。
では、少し考えてみましょう。

アイデンティティとは?

“identity”: 自己同一性

このように辞書には載っているんじゃないでしょうか。
私なりに言い換えると、「自分はどんな人間であるか」ということです。
そして、誰かと話す時には、明示的ではないにせよ、私たちは「自分はこんな人間なんだ!」と必ず伝えているのです。

どうして私たちはアイデンティティを表したいのか?

その理由は一つではないと思いますが、
Gee (2011)で述べられていることを私の解釈の下、まとめると以下になります。
人間は、場面ごとに応じたアイデンティティを表すことで日常生活に馴染む一般的な人間だと思われなければならない。

それがどんな場面であっても、人間の言葉には、その話者のヒトトナリが表れてしまうものなのです。そして、その表現されたアイデンティティをヒントに私たちは柔軟にコミュニケーションを取っているのです。

簡単な例を考えてみる

こう言われたら、この人はどんな人だと思いますか?

①「うち、昨日、仕事で失敗しちゃった。」
②「わたし、昨日、仕事で失敗しちゃった。」

印象が違いますよね?

私の中では、「うち」より「わたし」と使う方が成熟した女性の印象です。①の方が話し相手との距離が若干近いように感じます。
私が関西人のため関西弁で考えてしまうので、「うち」の方がカジュアルな言葉(vernacular style of language)に感じるからです。
このカジュアルな言葉(vernacular style of language)を使うのは、相手に感情を見せているから、とBarke (2018)でも述べられています。

ここで頭に留めていただきたいのは、
選ぶ言葉次第で、これだけ話者のイメージや話者同士の関係性に影響を与えるということです。

言葉を工夫して立場や性格を伝える

現在、“Black Beauty”(黒馬物語)を題材に翻訳訓練をしています。美しい馬の視点で描かれた物語です。
人間同士の会話から例を取り上げてみます。

まずは、Mr. GordonからJohn Manlyに言った言葉です。

And I’m very sad because I won’t see you.”
Yuki:だけど、私はとても悲しいよ。君に会えなくなるなんて。
Rina:私は君に会えなくなるのがさみしいよ

次に、JamesがJohn Manlyに言った言葉です。

And I’ll try hard to be the same.
Yuki:「僕もそうなれるように頑張ります。」
Rina:「僕も見習います」

では、次の2点について考えてみてください。

  1. Mr. Gordonはどんな人? John Manlyとはどんな関係?
  2. Jamesはどんな人? John Manlyとはどんな関係?

それぞれ一人称が異なりますね。敬語が使用されていることなども当然ヒントになりますが、人称代名詞もアイデンティティや立場を伝える一つの要素なのです。

どんな風に考えたかというと、

  1. Mr. Gordonは男性ですが、「私」を使っていて、裕福で高貴な人物です。ゆとりがある印象です。それに、John Manlyのことを「君」と呼んでいるので、Mr. Gordonが上下関係でいうと、上であることもわかります。実際に、JohnはMr. Gordonに雇われています。
  2. Jamesは、「僕」を使っていて、丁寧な印象です。実際に、JamesとJohn Manlyとは師弟関係に近い関係で、JohnはJamesに厩務のいろはを教えています。

想像できましたか?
文脈がないので伝わりにくいかもしれませんが、翻訳では原文のキャラクター設定を崩さずに、翻訳読者が理解できる形でアイデンティティを伝えなければなりません。そのために、一人称や二人称などを工夫する必要があるのです。

まとめ

・アイデンティティ=ヒトトナリ。
・自分や相手を指す言葉にはアイデンティティや関係性が表れる。
・表されたアイデンティティは、コミュニケーションのヒントになる。
・翻訳では、キャラクターのヒトトナリを表すために人称代名詞を工夫する必要がある。

単一言語内のコミュニケーションでも、相手との関係を考慮して、人称代名詞を工夫する必要があります。しかし、原文ありきの翻訳では、感覚だけで言葉を選んではいけないのです。どの言葉がキャラクターの性格を反映しているかな?このキャラクターなら、日本語でこうは話さない。だって、この人はこういう背景があって、こういう立場の人だから。という根拠があるのです。翻訳された小説などを読んで、しっかりキャラクターが想像できるのは、ひとえに、このような陰ながらの努力とも言えるものに支えられているからでしょう。

参考文献
・Barke, A. (2018). Constructing Identity in the Japanese Workplace Through Dialectal and Honorific Shifts. In Cook, H. M. and Shibamoto-Smith, J. S. (Eds.), Japanese at Work, Communicating in Professions and Organizations, pp.123-149. Baisingstoke: Palgrave Macmillian.
・Gee, J.P. (2011). Building things in the world, How to do Discourse Analysis A Toolkit, Routledge.

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