PTCでは字幕翻訳に挑戦し、字幕作成にまつわる記事をご紹介してきました。これまでのトピックは、書き起こしや表示時間の調整などに便利なテクノロジーについてでした。
今回は字幕作りのメインディッシュとも呼べる「翻訳」についてお話ししていきたいと思います。中でも、翻訳に欠かせないリサーチがどのように字幕に影響したのかをみていきます。リサーチって大事だなぁ、役に立つもんだなぁなんて改めて思ってもらえたら嬉しいです٩(^‿^)۶
字幕作成の流れ
まずは流れからお伝えしていきます。プロの翻訳者さんが取り組まれるプロセスとは異なるかもしれませんが、参考にしてみてください!
今回はリサーチがどのように字幕に影響するのかを見る目的もあり、リサーチ前後に翻訳するステップを挟み、大まかに分けると以下のような4つの段階を踏んで、字幕を作りました。
①動画を観る → ②翻訳する → ③リサーチする → ④翻訳する
①動画を観る
動画を通しで観て、内容を理解しながら自分なりにイメージを掴んでいきました。話の流れや登場人物の話し方などから、登場人物の性格や特徴を捉えて、それぞれの人物像を描きました。
②翻訳する
①で掴んだイメージや理解を基に、文字数などは気にせず粗訳をしてみました。原文を細かく見ながら、①で得た理解が間違っていないかを確認しました。私の中では、この段階の翻訳は主に原文の文法や語彙を確認するという目的で行っています。
③リサーチ
今回は「おさるのジョージ」と「パディントン 」というアニメを題材にしました。どちらも昔からある作品なので、できるだけこれまでのイメージや作り上げられてきた世界観を字幕に反映できるように情報を収集しました。
例えば、それぞれの公式サイトをみて、「固有名詞の表記」や「自分のイメージする登場人物の性格は公式サイトの紹介と一致するか」などを確認しました。また、過去の翻訳(映画、本、アニメなど)を観て、口癖など話し方の参考にしました。
著作権などの関係上、どこにも公開するわけではありませんが、ファンが違和感なく読めることも重要であると考え、ファンサイトのようなものやファンのブログからも周辺情報を調べました。
④翻訳する
この段階の翻訳は②とは異なり、翻訳に修正を重ねて字幕として成立させるという目的があります。字幕には文字数に制限があり、「1秒間に表示できる文字数は4文字」と広く知られています。今回はこの文字数制限を守ることも条件として翻訳に取り組んでいたので、より端的な表現に変えたり、不要な言葉を省いたりして文字数を調整していきました。ここでは③で得た情報も反映させました。
ターゲット
リサーチの影響を見る前に、文字数制限以外にも字幕の条件としてターゲットを設定していたのでご紹介したいと思います。題材がアニメ作品ということと、私には小学生の甥がいるので具体的な視聴者像を描きやすいという理由から、「英語に興味を持っている小学生(特に高学年)」をターゲットとしました。
ターゲットに合わせた翻訳をするために、気をつけたことは次の2点です。
・あまりにも難しい言葉は使わない(主観ですが)
・小学校で習う漢字以外は使わない
このような前提条件を基に翻訳を行いました。以下で本題に入っていきます!
リサーチの影響
ターゲットに関しては上の点に気をつけて翻訳しましたが、作品という点ではこれまで作り上げてこられたイメージを壊さないことを意識しながら翻訳しました。そこで、生きてくるのがリサーチした情報です。
では、どのようにリサーチが翻訳に影響したのか具体例を紹介していきます。
1)人称代名詞の変化
一つ目は、人称代名詞に着目した例を「おさるのジョージ」から挙げてみます。今回扱ったエピソードでは、シェフとネッティ(シェフの奥さん)が中心となって話が展開していきました。リサーチ前に動画を観ていた時とリサーチ後では、私はおさるのジョージにあまり詳しくなかったこともあり、2人の人物像が変わりました。
まず、例を2つお見せします。
原文 | That’s right, I’m great. |
リサーチ前(粗訳) | その通りだ!わしは最高なんだ |
リサーチ後(字幕) | オレは最高だ |
原文 | Ah, but your cooking still is. |
リサーチ前(粗訳) | おやまぁ、でも、あなたの料理には魔法がかかっているわ |
リサーチ後(字幕) | あんたの料理には\Nまほうがかかってる |
リサーチ前後で字幕の印象が変わりましたよね?
実は、リサーチ前の2人の人物像は「サザエさん」の波平さんとフネさんのような印象でした。具体的に言うと、シェフの語気は強めで、渋い人物というイメージです。ネッティもはっきりとした物言いはしますが、夫をたてる奥さんというイメージでした。
リサーチ後は、シェフは確かに強めの言い方はしますが無邪気な可愛い人柄だとわかりました。一方のネッティは、私の想定よりガテン系なタイプで、夫を引っ張る強さのある人物だと思いました。
そのため、より特徴的な言葉を人称代名詞に選ぶことで、それぞれのキャラクターを色濃く出すことにしました。あくまで私の印象の変化に過ぎませんが、このような気づきを得られたのはリサーチをしていたからこそだと思います。
ここからわかることは、翻訳者によって人物の印象はかなり変わるということです。少なくとも今回は私とオリジナルの翻訳者さんの抱いた印象は違いました。オリジナルの翻訳者さんが抱いた印象で、視聴者の印象も作られてしまうので、翻訳には印象を操作する働きがあるということを実感しました。もしかすると、翻訳の依頼者からそれぞれのキャラクターの詳細な設定が伝えられていた可能性もありますが、いずれにせよ字幕は印象作りの一端を担っていることを改めて認識しました。
2)文字数調整の助太刀
もう一つは文字数の調整にもリサーチが役に立った例を、パディントンからご紹介します。
この作品でこだわりたいのは、パディントンの敬意の払い方です。パディントンは英国紳士に憧れているので、その点は大事にしたいと思いました。それを踏まえて、今回もアニメや映画、公式サイトなどを通じてリサーチをしましたが、私がもともとパディントン好きということもあり、リサーチ前後で登場人物の印象が大きく変わることはありませんでした。とは言うものの、いろいろと気づくことがあったので改めて情報を整理してみました。
パディントンは丁寧な性格ですが、全員に敬語を使うわけではありません。パディントンが敬語を使うのは、ブラウン家の子どもたちと友達のハトントン以外だとわかりました。一方で、パディントンに対しては、みんながタメ口を使うという関係でした(下の図参照)。
上のような情報を踏まえながら翻訳を修正していきました。そこで、パディントンの敬語使用にこだわった一例をご紹介します。
原文 | Mrs. brown, I don’t wish to be rude, |
リサーチ前(粗訳) | ブラウンさん 失礼だったら申し訳ないのですが |
リサーチ後(字幕) | 失礼かもしれませんが |
リサーチ前の字幕では、パディントンの表情や声のトーンなども踏まえて「失礼だったら申し訳ないのですが」と訳しましたが、それでは文字数制限を大幅に超えてしまいました。そこで、「失礼かもしれませんが」と曖昧に語ることでパディントンが大切にする相手への敬意を表現できるのではないかと思いました。ちなみに、言語学の語用論では、遠回しな言い方をすることで丁寧さや敬意を表すことができると考えられています。
ただ、それだけでは文字数がまだ超過していたため、「ブラウンさん」という呼びかけを省略することにしました。このセリフが話されているシーンでは、ブラウンさんとパディントンしか登場していないため問題ないと考えました。
もう一例ご紹介します。まずは次の字幕をご覧ください。
原文 | I’m glad you all find it rather amusing. |
リサーチ前(粗訳) | 楽しんでいただけているようで何よりです |
リサーチ後(字幕) | 楽しんでもらえて光栄です |
リサーチ前の字幕では文字数を超過しているのですが、文字数を制限内に収めるために、「光栄」という短い表現に変更しました。日常会話としては固すぎるかもしれませんが、パディントンは”いわゆる英国紳士”に対する憧れが強いせいで丁寧すぎてしまう場合もあるので、少し固い言葉を使っても不自然ではないだろうと考えました。
実はもうひとつこの言葉を選んだ理由があるのですが、リサーチの影響は受けていないので補足的にお伝えさせてください。
それはセリフが話された場面に関連しています。その場面では、パディントンはスラップブック作りがうまくいかず、一人でしょんぼりしていました。すると、家族がそのスクラップブックを見て大笑いしているので、余計に悲しくなってしまいます。そんな時にこのセリフが発せられます。切ない気持ちが込められた言葉なのです。この瞬間、パディントンと家族との心の距離は少し遠いため、より敬意が強く表れる言葉を使うことでよそよそしさを醸し出し、心の距離を演出しようと考えました。
↑しょんぼりしているパディントン、ぜひご覧ください☺️
登場人物の名前
上のような例に加えて、リサーチが欠かせないのは登場人物の名前です。
パディントンで言うと、友達の鳩「ハトントン」は、英語では「Pigeonton(ピジョントン)」と言います。実はふたりの出会いのエピソードがあるのですが、それを観ると、ピジョントン(Pigeonton)はパディントンがピジョン(Pigeon)とパディントン(Paddington) を掛け合わせて名付けた名前だとわかりました。
公式サイトによると、その構図は日本語にも採用されており、鳩(ハト)とパディントンでハトントンとなるようです。知らなければ、ピジョントンのまま訳してしまうところでした。
翻訳のプロセスにはいろんなパターンがあると思いますが、今回はリサーチから得た情報を参考に翻訳していきました。字幕翻訳では一度に表示できる文字数に制限があるので、字幕に情報を凝縮する必要があります。そのため、情報の取捨選択や場面に応じた言葉選びなどで迷うこともありますが、リサーチをすることでその負担は軽くできると思いました。(しかも、「そうやったんや!」と言いたくなるような情報を発見することもあるのでなかなか楽しいものです(*’▽’*))字幕以外の翻訳をする際にもリサーチは欠かせませんが、今回の活動を通して字幕ならではのリサーチのメリットを実感できました。
まとめ
今回は、字幕翻訳に特有の文字数制限を破らないことに加えて、作品の世界観を崩さないように言葉を選ぶという工夫が必要でした。個人的には、そのような制約を守ることはパズルのピースをはめるような感じで楽しかったです。制約がある中でどれだけ遊べるかが鍵なのでは!とすら思っています。
これからもいろいろなパターンの翻訳を練習していきたいと思います。その都度ジレンマや葛藤、快感や楽しみをお届けしたいと思います!またいろいろなお声をお聞かせください!
本記事でも扱った人称代名詞についての記事もあるので、よければご覧ください☺️
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