先日、過去に翻訳練習で扱った「Rich 20 Something」という本の一部を再度訳すというアクティビティを行いました。以前訳した時から少なからず様々な経験をしてきたので、どんな風に訳が変わるか見たら面白いのでは?と思いやってみました。
「変わる」と一口に言っても、選ぶ言葉や想定読者など多様な観点での変化が考えられます。今回は以前の記事でもご紹介した「順送り」という概念に基づいて変化を見てみました。実際には、今回の記事で焦点を当てるのは「どんな時に順送りにすべきか」ということです。過去と現在の訳文を比較しながらこの点を探っていきます。
順送りとは?
そもそも「順送り」とは何でしょう?
これは訳出方略(訳す方法)の一つです。
詳しく説明する前に、少し高校の英語の授業を思い出してください。英語の授業で英文和訳をする際に「後ろから訳しなさい」なんて言われた経験ありませんか?これは「逆送り」という概念に当てはまります。文字通り、文の後ろから前に「逆」に進むように訳すので「逆送り」と呼ばれます。
今回お話しする「順送り」はちょうどその反対のことを指しています。つまり、文の前から後ろに「順」番通り訳していくことです。
例を見てみましょう。ポイントは関係代名詞「who」以下の位置です。
例文:Mary is a girl who speaks Japanese.
【逆送り訳】メアリーは日本語を話す少女です。
【順送り訳】メアリーという少女は日本語を話します。
この場合、下線部の位置が逆送り訳と順送り訳で異なります。例文と見比べた時、順送り訳では下線部が同じ位置(文の後半)に置かれています。この訳し方が文の前から順番に訳すという意味です。実際に文章を訳す際にどちらの訳出が適切かを判断するには、情報の流れや文章全体のつながりなどを踏まえることが重要です。
今回の例は文が短いため、逆送り訳と順送り訳の違いが小さくわかりにくいかもしれませんが、考え方をざっくりと捉えていただければ嬉しいです。詳しくは以前の記事(「通訳翻訳スキル「順送り」って?」)でも紹介していますが、ご興味ある方はぜひ岡村・山田(2020)という論文もご覧ください!
Rich 20 Somethingから見る「順送り」
ここからは練習で訳した文を見ながら「いつ順送りで訳すべきか?」という点を探っていきます。順送り訳に関して、これまでの研究を見ると、情報の流れや文章全体のつながりなどの観点から必然的にどちらか一方が適切な場合があると主張されることがあります。ただ、今回は全体の流れなどの大きな観点ではなく、文やそれ以下の小さな単位に注目し、文法的または意味的に順送りを採用すべき際の考え方を実例から示したいと思います。その際、訳文の良し悪しは扱っておらず、あくまで言葉の順番に着目しています。
今回はYuki、Rinaの過去と現在の訳を比較しますが、その中で全て順送り訳を適用しているものは順送りが良いと言えるのではないかと考えています。そのため、以下では訳文の順序はおおよそ同じものをご紹介していきます。
①順送り訳
1つ目の例は章のタイトルです。今回は小さな章のタイトルを例に取り、語順について考えてみます。
原文 | Focus and Get Going: How to Eliminate Distraction and Crush Your Goals |
訳文 1 | 集中力と前進:誘惑から逃れて目標を達成する方法 |
訳文 2 | 集中と前進:邪魔モノ排除と目標達成の方法 |
訳文 3 | 集中、そして前進:気を散らさず目標へ突き進む方法 |
訳文 4 | 集中、継続: 気をそらさず目標にぶつかっていく |
この例では、 “Eliminate Distraction”と “Crush Your Goals”が順番通りに訳されています。仮に、この二つの順番を入れ替えたとしても、並列関係を示す “and”で繋がれているため文法的な役割に変化は生じません。しかし、意味は変わってしまうのです。「いや、当たり前でしょ」と思われるかもしれませんが、敢えてここで順送りが適切な理由を2点お伝えしていきます。
1点目の理由は「時間の流れ」を表現するためです。
「 “Eliminate Distraction(誘惑から逃れた)”後に、 “Crush Your Goals(目標達成)”」が実現されるのです。仮に、「目標達成し誘惑から逃れる方法」のように原文とは異なる順番で訳すと、「目標達成した後に、誘惑から逃れられる」と時間の流れも反対になってしまいます。そうすると、原文で伝えている物事の進み方が変わってしまうので、今回は順送り訳が適切だと考えられます。
2点目の理由は「焦点」を再現するためです。文には、後半に焦点が置かれるという性質があります*。1点目の例で訳したように、「目標達成し誘惑から逃れる方法」と訳すと、誘惑から逃れる方法に重きが置かれることになります。つまり、誘惑から逃れることが焦点になってしまうのです。しかし、原文の語順からは、「目標達成」こそが最大の焦点で、その中に誘惑から逃れる方法が付随すると読み取れます。そのため、焦点を変えないためにも順番通りに訳すべきではないでしょうか。
*文の焦点とは?
文の後半に焦点が置かれると説明しましたが、具体例を見ながら確認してみましょう。
例)私の家の隣には90歳のおばあさんが住んでいる。
おばあさんはいつも冒険談を語ってくれる。
その話を聞くと、今すぐどこかへ行きたくなる。
各文で一番伝えたい点は黄色い下線が引かれた箇所です。それこそが焦点なのです。最後の文を例にとってみると、「その話を聞いた」ことではなく、「今すぐどこかへ行きたくなる」ことが一番伝えたい点、つまり、焦点になるのです。それを逆にすると、焦点が変わってしまうことは想像に難くないでしょう。
このことから、順送り訳を採用する目的として、「時間の流れ」を適切に表現することと文の「焦点」を再現することが挙げられます。とはいえ、日常生活の中では上で挙げたような細かい語順に注意を払う機会は少ないと思います。ですが、何気なく並べた言葉の順番によってニュアンスや意味すらも変えてしまうことがあるのです。そう考えると、普段気にしないような語順も侮れない気がしませんか?今回はあまりに簡潔な例だったかもしれませんが、語や句の単位でもひっくり返すと意味が変わるという考え方はどんなに複雑な文に対しても共通の概念です。
②順送り訳…が適切?
2つ目の順送り訳の例をご紹介していきます…と言いたいところですが、一つだけ訳す順序が異なるものがありました。皆さんもぜひ一緒に考えてみてください。
まずは以下の原文を訳出してみましょう!
The most common response to lack of focus is attempting to use your will to overpower the distraction.
では、ここからご自身の訳文とあわせて読み進めてみてください。
原文 | The most common response to lack of focus is attempting to use your will / to overpower the distraction. |
訳文 1 | 集中力の欠如への反応で一番多いのは、自分の意思で誘惑に / 打ち勝とうとすることだ。 |
訳文 2 | 集中力の欠如に対して一番よくある対応は、意思を以て / 邪魔者に打ち勝とうとすることだ。 |
訳文 3 | 集中力が欠けている時、みんなやりがちなのが誘惑に打ち勝つことに / 意識を使って努めることだ。 |
訳文 4 | 集中力の欠落に対して一番多い対応は、自分の意思を / 外界からの誘惑よりも上回らせようとすることだ。 |
ここで注目したいのは、 “to use your will”と “to overpower the distraction.”の順番です。上記の表を見てみると、訳文3では “to use your will(意識を使って)”を後ろに置いていることがわかります。そうすると何が変わるのでしょうか?
まずは、順送り訳を採用した場合の効果についてご紹介します。
・原文読者と同じ順番で情報を知ることができる
例:to use your will / to overpower the distraction
:自分の意思で / 誘惑に打ち勝つ
・原文と同じ情報の重みや勢いを体験できる
例:to use your will / to overpower the distraction
:自分の意思で[何をするかというと]誘惑に打ち勝つ[ってことなんだよね]
私の感覚では、後半の “to overpower the distraction”がオチになっています。口語表現が多用されているため、まるでスピーチをするかのようなテンポや勢いを感じます。そのため、最後に置かれた情報はオチと捉え、勢いを損なわず読者に印象付けるには、順送り訳は有効だと考えます。
一方で、この2つの節を原文とは逆の順番で訳すとどんな効果があるのでしょうか?
・日本語らしい文になる
例:The most common [~] focus is attempting to use your will to overpower the distraction.
:みんなやりがちなのが誘惑に打ち勝つことに意識を使って努めることだ。
原文では動詞 “is attempting”の後ろに “to use~”が配置されており、この最後の2節は動詞にかかる修飾部とみなされます。一方で、日本語では修飾部は動詞より前に持ってくることが自然だとされています。そのため、この点においては、節の順番を入れ替えることでより日本語らしい訳文になると言えそうです。
・後述の情報の導入になる
実はこの文の直後に「努める」方法の具体例が紹介されるので、「努める」を文末に置くことで、具体例に入っていきやすくなると思います。
順送り訳を選択すると原文読者に近い体験を可能にし、逆送り訳を選択すると文法や流れという側面でより自然な体験を可能にします。こんな風に考えてみると、この考え方は翻訳学では主要な理論である「受容化と異質化」にも関連しているのかもしれないと気づきました。様々な視点を取り入れながら自分なりの答えを見つけてみてください!
逆送り訳
ここでは逆送り訳が適切な例を紹介します。ですが、その前に、上記の②順送り訳でも少し触れた日本語と英語の構造的な違いを確認しておきます。ご存知のように、日本語では[主語+目的語+述語]のような語順が基本で、述語(動詞)が文の最後に配置されます。一方で、英語は[主語+述語+目的語]の順で文が構成されるので、主に動詞と目的語の位置関係から文法構造が「逆」だと考えられています。そのため、英語から日本語に訳す際に文末から訳す場合がありますが、その訳し方を逆送り(訳し上げ)と呼びます。具体的には、述語よりも先に目的語などから訳し始めるということです。では、以下で例を見てみましょう。
原文 | People think focus means saying yes to the assignment you’ve got to focus on. |
訳文 1 | 集中と聞くと、集中すべき課題に “YES”と言うことだと思うだろう。 |
訳文 2 | 集中っていうのは、集中しようと決めた課題にイエスと言うことだと思っている人がいる。 |
訳文 3 | 集中といえば、集中すべき課題に対してコミットすることだと思われがちだ。 |
訳文 4 | 集中というと、「集中しなければならない課題」を引き受けることだと考えがちだろう。 |
原文には変更を加えています。逆送り訳のイメージをより具体的に伝えるために、原文の一語を変更し(原文:thing → 変更後:assignment)、thingの訳語があった箇所に「課題」という語を当てはめて統一しました。
この例では関係代名詞が省略されていますが、 “the assignment (that) you’ve got to focus on”の関係代名詞に注目してみます。
今回はthat以下を先に訳す方(逆送り訳)が意味として適切です。順送りで訳してみると、「集中というのは、 “YES”と言う(対象の)課題に集中することだ。」のようになり、いまいち意味を成しません。
この部分の訳出で重要なことは、「集中すること」ではなく「課題」に焦点が当たっているということです。ここで、上で説明した文の焦点の考え方を思い出してほしいのですが、焦点を当てる対象は後ろに配置する必要があります。そのため、関係代名詞以降の部分から訳し始める、つまり、「逆送り訳」の方が正確に意味を表せることになります。
今回は逆送り訳によって原文の焦点を再現できるということを確認しました。文の焦点という観点から見ても、逆送り訳を採用することで順送り訳とは違った効果を発揮させることができるようです。
まとめ
今回は順送り訳の例を2つと逆送り訳の例を1つ紹介し、順送り訳の適切性を判断する際には時間の流れや文の焦点が重要な要素となるとお伝えしました。逆送りで訳すことで自然な文になったり、どちらの訳出もうまく活用することでメリハリのある訳文になったりすることもあるかもしれません。いずれにせよ、言葉の順番は翻訳の際にもこのような記事執筆の際などでも気を配るべき点ではないでしょうか。
普段私たちは何気なく言葉を並べて話したり書いたりしているので、語順という視点から意味を考える機会は少ないと思います。しかし、特に翻訳においては、情報を正しく伝えるために原文の意図を反映させる必要があります。その方法として改めて皆さんに認識してもらえれば嬉しいです。
「Rich 20 Something」は口語の使用が比較的多いことや文・段落が短いという背景から、簡単な例が多くなりました。もう少し複雑な文章を訳す機会があれば、再度調べてみたいと思っています。なかなかニッチなトピックではありますが、ぜひ一緒に考えを深めていきましょう!
他にも順送りに関する記事があるので、ご興味があれば読んでみてください☺️
参考文献
池内尚郎 (2019)「第 1 回:『訳し下ろし』の同時通訳術」『通訳・翻訳ブック』 株式会社サイマル・インターナショナル https://thbook.simul.co.jp/entry/2019/yakushioroshi1 (参照 2023/11/22).
岡村ゆうき・山田優(2020)「「順送り訳」の規範と模範: 同時通訳を模範とした教育論の試論」『MITIS JOURNAL』 1(2), 25-48.
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