通訳翻訳スキル「順送り」って?

翻訳のあれこれ

順送りで訳そう

皆さんはこんなことを言われた覚えはありませんか?

「英語と日本語は語順が反対だから、後ろから訳しましょう。」

しかし、通訳翻訳では、そのように考えません。
その代わり、耳にするのは、「順送り」という言葉です。これは異なる言語間を訳す際に起こる語順の問題を対処するための方略です。

私たちのような訓練中の者は、「順送り」で訳そうとすると、誤訳してしまうことがあります。あまりにも語順に注目しすぎたせいで、原文の意味すらを変えてしまうことがあるのです。それでも「順送り」で訳すことには大きな意義があるのです。

今回は「順送り」とは一体何なのか、私たちの翻訳から具体例や問題を取り上げてお話してみます。

「順送り」って?

「順送り」とは、原文の節(clause)や句(phrase)の順序をできるだけ守りながら訳出すること(水野, 2017)。つまり、原文の言葉をできるだけ前から訳すという方法です。
ちなみに、高校の英語の授業などでよく教わる「英語は後ろから訳しましょう」という方法のことは「逆送り」と呼んでいます。

例えば、

I know a girl who speaks German.
(順送り)私はある女の子を知っていて、その子はドイツ語を話します。
(逆送り)私はドイツ語を話す女の子を知っています。

この場合、”a girl” に初めて言及されるようですね。“who” 以下の部分というのは、”a girl” があって初めて成立する情報になります。ただ、日本語としては、逆送りの訳の方が自然に見えると思います。しかし、情報の流れからみると、順送りの方が適切だということです。情報の流れは情報構造とも呼ばれますが、この点については、別の記事でお話ししたいと思います。

「順送り」の効果は?

では、どうして順送りで訳す必要があるのでしょうか?

3つの大きな効果をご紹介したいと思います。

  1. 原文の思考を乱さない
  2. 短期記憶の負荷軽減
  3. 原文読者の経験に等価させる
1. 原文の思考を乱さない

かの有名な安西徹雄さんはその著書(1982)で「原文の思考は乱さない」ようにと教えられています。これは、原文の情報構造はそのまま訳文に反映させた方が良いということです。原文著者の考え方がその情報構造に表れていると考えるからです。時間の流れなどを正しく伝えると考えてもらってもわかりやすいと思います。

2. 短期記憶の負荷軽減

水野(2008)によると、頭で情報を処理する際の負荷が少なくて済むと考えられています。関連している言葉同士はすぐ近くにある方が理解しやすいし、訳す側からすると、訳し忘れも防げるのです。これは同時通訳を想像してもらえると、わかりやすいと思います。同時通訳では、どんどん流れてくる情報を聞きながら、訳出していかなければなりません。そのため、聞いた言葉は基本的にすぐに訳出します。

3. 原文読者の経験に等価させる

順送りを用いると、原文読者がその文章から感じることと同じようなものを翻訳読者にも伝えることができます。もし、原文が回りくどく、わかりにくい文章であったとしたら、訳文もそうあるべきなのです。おそらく、翻訳者は言いたいことを事実を基に推測し、明確な文章にすることもできると思います。しかし、その原文が読者に与えている印象を伝えるということも大切な役割なのです。

順送りの例 “Who Moved My Cheese?”を訳して

私たちの翻訳の中から、例をいくつかあげてみたいと思います。

例1)①Sniff and Scurry continued to wake early every day/② and race through the Maze,/③ always following the same route.

Yuki:①スニフとスカリーは早起きを毎朝続け、/②迷路を走り回りました。/③いつも同じ道を通りました。
Rina:①スニフとスカーリーは毎日はやおきをして、/②迷路を駆け回る。/③いつも同じ道を通る。

2人の訳は微妙に異なりますが、注目したいのは、情報の流れです。
どちらも原文と同じ順番で情報がおかれています。

もし、これを極端な逆送りで訳したとしたら、

「スニフとスカリーはいつも同じ道を通って、迷路を駆けたし、毎日早起きを続けた。」

時間の流れが変わってしまいます。
正しい時間の流れを伝えるとしたら、順送りの方が良いと思いませんか?

では、もう一つ。

例2)①When he went inside,/② however,/③ he was most disappointed/④ to discover that the Cheese Station was empty.

Yuki:②しかし、/①中に入ってみると、/③ハウはとてもがっかりしました。/④そのチーズ基地には何もなかったのです。
Rina:②でも/①中に入ると、/③残念なことに/④チーズステーションは空っぽだった。

例1と同じように訳し方は異なりますが、情報の順番は同じです。
これも逆送りにすると、

「しかし、ハウが中に入った時、チーズ基地は空っぽでがっかりしました。」

強調したいところが変わってしまいますよね。がっかりしたことは当然伝えたいことですが、何もなかったことが大きな衝撃だったのです。個人的には、逆送りにすると、テンポが原文と変わってしまう気がします。伝わりにくいかもしれませんが、私の中では、原文のテンポは明石家さんまさんが「ほんでほんで?」と相槌が打てるテンポなのです。だから、訳文も「ほんでほんで?」が生かされるテンポで訳されるべきだと思っています。

まとめ

・順送りは語順の違いを乗り越えるための訳出方略

・原文の考え方を反映できる

・情報処理にかかる負担が軽減される

・原文読者と翻訳読者に似た印象を与えられる

・強調したい点やテンポも再現したい

私はまだまだ何もかも学習中なので、こんなことを言うのはおこがましいのですが、通訳翻訳に関わっていない方には特に、通訳や翻訳は発信した人のことや受信する人のことが考えられているということを知ってほしいと思います。私たちは文法的な問題だけを扱っているわけではなく、情報の流れという問題も扱っています。そして、原文に則すために、必ずしも翻訳読者に読みやすいものを作るわけでもありません。順送りはそういう工夫の一つなのです。この記事がそのようなことを知るきっかけになれば嬉しいです。

参考文献
安西徹雄(1982)『翻訳英文法―訳し方のルール』バベルプレス.
水野的 (2008) 「翻訳における認知的付加と経験的等価:読者の文理解と  作動記憶を巡って」『翻訳研究への招待』第 2 号: 101-120.
水野的(2017)「通訳方略と情報構造」『上智大学言語学講演会』上智大学.

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